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  ISO17100発行に寄せて
  「ISO17100と翻訳プロジェクト・マネージャー資格」

                   バベル翻訳大学院(USA)専任講師
                   
バベルトランスメディアセンター東京
                  
シニア・プロジェクトマネージャー
                    
翻訳研究所マーケットリサーチ研究室長
       
西宮久雄 

去る4月24日、翻訳の国際的な品質標準を規定するISO17100が発行されました。発行されたドキュメントにざっと目を通してみましたが、細かな内容の追加削除や変更は見られるものの、過去に提供されていた「草稿」の内容と、大きな違いはありません。
 今回の正式な発行を契機に、ISO17100が規定する業務フローにおける翻訳プロジェクト・マネージャー(TPM)の役割をあらためて確認しつつ、真のTPMに必要な能力(コンピタンス)について整理していこうと思います。そして、JTAが実施している翻訳プロジェクト・マネージャー検定試験がカバーしている、TPMが有するべきスキルを6つの分野に分けて説明し、「理想的なTPMの姿」を描き出していきます。

JTA公認 翻訳プロジェクト・マネージャー資格基礎試験

まず、以下のISO17100が定める「翻訳プロジェクトの業務フロー」をご覧ください(発行されたISO17100 INTERNATINAL STANDARD記載の図を翻訳・加工したもの)。



この業務フローの中で、プロジェクトに関わるスタッフは、以下のように分類されます。

@翻訳プロジェクト・マネージャー(TPM) 
 プロジェクト全体を統括し、スタートからクロージングまでを運営管理する。成果物の品質に関して、最終的な責任を負う。
A翻訳者(Translator)
 実際に翻訳作業を行う。
Bリバイザー(Reviser)
 原文と訳文を比較照合して、誤訳や誤記がないかチェックする。問題が発見された場合、自分で修正するか、翻訳者に修正を指示する。
Cレビュアー(Reviewer)
 必要に応じて、訳文を読み、ターゲット原語の表現や、特に専門的な分野に関して、問題ないレベルに達しているかをチェックする。問題が発見された場合、自分で修正するか、翻訳者に修正を指示する。
D校正者(Proofreader)
 訳文をチェックし、誤記や誤植を発見して修正する。

 上記の、翻訳プロジェクトを遂行するために必要な5種類のスタッフの役割を、改めて見直してみましょう。実は、これらのスタッフは、人材であると同時に、業務フローのプロセスを担務するファンクションを表わしています。例えば、「翻訳者」というスタッフが担うファンクションは「翻訳」そのものですし、「リバイザー」というスタッフが担うファンクションは「訳文のチェック・修正」ということになります。もちろん「翻訳プロジェクト・マネージャー(TPM)」というスタッフのファンクションは「プロジェクト・マネジメント」ですね。そして、プロジェクト・マネジメントこそがプロセス全体を統括する最重要なファンクションであることは、言うまでもありません。
 さて、ISO17100では、このように翻訳プロジェクトの業務プロセスとファンクションについては詳しく規定していますが、実は、翻訳プロジェクトを取り巻くそれ以外の様々な要素については、あまり考慮されていません。では、「それ以外の様々な要素」とは、どのようなものがあるのでしょうか。
 ここで、ISO17100の主対象になっている「ビジネス翻訳プロジェクト」の特徴を挙げてみましょう。

@PMが管理・コントロールする相手は、別人格を持った翻訳スタッフである。
A厳然としたクライアントが存在しており、納期・コスト・品質・秘密保持など、厳しい条件や制約が課せられている。
Bプロジェクトに失敗した場合のリスクが、非常に大きい(損害賠償責任、社会的信用の失墜、スタッフの失職など)。

 @の「人材」については、ISO17100でも、定義や必要な資格などが、詳しく規定されています。しかし、ABについては、必ずしも詳しく規定されているとは言えません。実は、このAとBの内容こそ、先ほど述べた「翻訳プロジェクトを取り巻くそれ以外の様々な要素」に該当するのです。言い換えれば、翻訳プロジェクト・マネージャーの役割には、ISO17100が規定している以外にも、重要なファンクションがいくつも存在しているということになります。
 では、上記AとBから導き出される、翻訳プロジェクト・マネージャーが担うべき重要なファンクションを列挙していきましょう。

◎クライアント(顧客)管理
 顧客あってのビジネスです。従って、顧客との良好な関係を保ち、密にコミュニケーションをとって、ニーズを的確に吸い上げ、顧客の求めるレベル(品質・納期・価格)に適合した成果物を納入することが必要です。もちろん、成果物に対する顧客からのフィードバックをプロジェクトメンバーで共有して、次回以降に生かすことも忘れてはなりません。そして、顧客との信頼関係を深め、リピーターとして取引の継続を図れれば万全です。
◎コスト管理
 当然ながら、翻訳プロジェクトはビジネスですから、適正な利益を確保しなければなりません。従って、無駄なコストを省き、効率的に業務プロセスを遂行して、健全なビジネス運営を行っていく必要があります。もちろん、顧客から暴利をむさぼったり、翻訳者へ支払う料金を理不尽に値切ったりすることは、厳に避けなければなりません。
◎コンプライアンス管理
 ビジネス翻訳では、企業の機密文書を扱うこともありますし、それ以外にも翻訳業務を通じて知った顧客の情報などが外部に漏れないように、秘密保持には十分に注意しなければなりません。翻訳プロジェクトのスタートにあたって、秘密保持契約(NDA)を締結しておくことは不可欠です。それ以外にも、個人情報保護法の順守やインサイダー取引の厳禁など、関連法規や規制をきちんと守る(スタッフに守らせる)よう、努める必要があります。

 上記の3種類のファンクションは、ISO17100では、あまりカバーされていません。翻訳の業務プロセスを遂行する上での関連事項として、軽く触れられている程度です。一方、ISO17100が詳細に規定しているTPMのファンクションには、以下のようなものがあります。

◎時間管理
 顧客へ成果物を納品する最終的な納期に合わせるために、翻訳・リバイズ・レビューといったファンクションに費やす時間を予測して、各プロセスに無理が出ないよう的確に管理しなければなりません。「時間を守る」ことは、プロジェクト・マネジメントの基本中の基本ですね。
◎人材管理
 当然ながら、実際に各ファンクションを担うスタッフがいなければ、翻訳プロジェクトは動きません。優秀なスキルを持ったスタッフを確保し、各スタッフの特徴を把握して、適材適所で活用することが理想です。そして、「優秀なスキル」を持っていることを客観的に証明するものが、翻訳に関する資格または学位です。後述するように、ISO17100では翻訳に関する「公的な国家資格」が条件から外されており、「翻訳に関する学位」または「翻訳の実働経験年数」を「翻訳者が持つべき条件」としていますが、定義が曖昧な「経験年数」よりも客観的な「学位」が今後は重視されていくべきです。とはいえ、翻訳プロジェクトの遂行にあたって、必ずしも理想的なスタッフが揃えられるわけではありませんから、限られた人材の中でやりくりすることが必要になります。
◎資源管理
 広く考えれば上記の「時間」も「人材」も、翻訳プロジェクトの「資源」に含まれるかもしれませんが、ここで言う「資源」は、それ以外のものです。例えば、翻訳の原文や成果物、翻訳に使う参考資料、翻訳メモリなどの翻訳支援ツール、IT環境などが、それに該当します。それらをどのように管理し、活用するか――上記の時間管理や人材管理、コスト管理などと組み合わせて、翻訳品質のアップにつながることになります。

 以上、ISO17100が主にカバーしているファンクション、十分にカバーしていないファンクションについて、3種類ずつ説明してきました。あらためて列挙してみましょう。
◎時間管理
◎人材管理
◎資源管理
◎クライアント管理
◎コスト管理
◎コンプライアンス管理
 これら6分野のファンクションを、バランスよく的確に担うことができれば、優秀な翻訳プロジェクト・マネージャーだと言うことができます。

 実は、上記の6分野は、JTA(日本翻訳協会)が実施している「翻訳プロジェクト・マネージャー資格試験」における、「TPMに必須の6つの管理項目」と一致しています。
 ISO17100では、草稿段階では規定を満たす翻訳者の条件として「翻訳の国家資格を持つこと」という項目がありましたが、現実に翻訳に国家資格を与えている国はオーストラリアとドイツしかないため、正式版からは削られています。とはいえ、翻訳者だけでなく翻訳プロジェクト・マネージャーにも、国家資格に準ずるような公的な資格を有するほうが望ましいことは、言うまでもありません。
 ここまでお読みになって、TPMに興味を持ったかた、ぜひTPMをやってみたいというかたは、ぜひJTAの「翻訳プロジェクト・マネージャー資格基礎試験」を受けてみていただければと思います。
>>試験の詳細・お申込みはこちらまで
なお、この夏には、上級のケーススタディ方式の試験がスタートする予定のようです。
期待したいと思います。

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