本文へスキップ

一般社団法人 日本翻訳協会は翻訳の世界標準を目指します。

ナビゲーション

     
   共催: ・一般社団法人 日本翻訳協会  ・バベルユニバーシティ

「国際翻訳規格 ISO17100とは」セミナー レポート    

 ・神田外語大学英米語学科教授
 ・バベル翻訳大学院(USA)教授/第2専攻(金融・IR)ディーン
 ・デンバー大学コミュニケーション研究科修士課程修了、
   博士課程単位取得修了満期退学
 ・青山学院大学文学部卒業後、日本アイ・ビー・エム株式会社、
  モントレー国際大学大学院、立教大学を経て、現在に至る。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  
「『翻訳の国際規格ISO17100とは―
 JTA公認プロジェクト・マネージャー資格試験に寄せて』」セミナー
受講レポート


●レポーター 小林将門  バベル翻訳大学院インターナショナルパラリーガル・法律翻訳専攻

 6月30日開催「『翻訳の国際規格ISO17100とは― JTA公認プロジェクト・マネージャー資格試験に寄せて』」セミナーを受講した。翻訳という観点から直接見る視点以外にも、標準化や日本語の固有性など、考えさせられることが非常に多く、有意義なセミナーであった。

 以下は、そのレポートである。

 ISO17100とは、スイスのジュネーブに本部を置く国際標準化機構(International Organization for Standardization: ISO)が現在策定中(ドラフト段階)の、翻訳の品質確保に関する基準である。その内容としては、範囲や用語および定義に始まり、翻訳者の職業的能力や適性への言及、また、リバイザー、レビュアー、翻訳プロジェクト管理者の役割や業務プロセスにも及んでいる。

 このようにISO17100は、翻訳の一定以上の品質を確保するべく業務プロセスを明文化しているのだが、このISO17100にも疑問点がある。本規格ではA言語、B言語、C言語としてそれぞれ母国語、第2外国語、第3外国語と定義し、一律にBまたはC言語からA言語への翻訳が望ましいとしているが、果たして世界の各言語をA,B,Cなどとして一様に同等なものと捉えうるのかという疑問。また、モノとは異なる、翻訳者の個人的な創造物としての面をもつ翻訳が、規格というものになじむのかという疑問もある。

 このような状況に対し、JTAでは翻訳プロジェクト・マネージャー資格試験を提供している。本試験は、日本の翻訳実務から集積したノウハウをもとにした実践的なアプローチを採用したものであり、時間管理・人材管理・資源管理・コスト管理・顧客管理・コンプライアンス管理という区分を設けてプロジェクト・マネージャーとしての能力を測っている。本試験を受験して、自己の翻訳品質を向上させる一助とすることもできる。

 以下は、本セミナーを受講した直後の現時点での個人的意見であるので、割り引いてお読みいただければと思う。

 本セミナーの内容は上に示したとおりであるが、巷では、このような見解があまり理解されていないらしい。本セミナーの受講をきっかけとしてISO17100に関する記事をインターネット検索で情報収集してみたところ、残念なことに、「翻訳のクロフネ」「知らなければ世界から取り残される」などという煽り文句で注意を引かせようとするものが多かった。会計・監査業界では数年前、海外の会計基準(IFRS: International Financial Reporting Standards)の取り込み等に関して賑わしかったが、どのような業界でも「国際」と呼ばれている組織・基準策定でどのように自国でのセオリーを採用させるかに苦労しているのだろう。そのような「基準競争」が繰り広げられる現代で、「知らなければ……」と単に人の不安心を煽ったところで建設的な動きは出てこないのではないだろうか。「追いつけ追い越せ」の戦後昭和期と異なり、21世紀生まれの世代が立派に成長している時代である。

 戦後日本はモノづくりで世界とたたかってきたし、ある意味、それは今でも変わらないのかもしれない。また、モノづくりをはじめとした経済活動を計る尺度である会計は経済社会とは切っても切り離せない。このモノの世界と数字の世界では、どのような基準であれ、どちらもいったん国際的な基準が決まれば、そのプロセスに従った結果はどこの国に行っても同じである。1+1=2、百万は百万、モノに関する一定の基準を満たした自動車を日本と米国のそれぞれで作った場合、それらはどの国の人にとってもそのような品質のモノとしては変わらない。

 翻訳はどうだろう。「ターゲット言語を母語とする者が翻訳した成果物」と一様に表現できるものも、当然ながら、それが日本語なのかドイツ語なのかという違いはあり、そしてそれは受益者にとっては決定的である。翻訳成果物が日本語である場合、直接の受益者は日本人であり、日本語を知らない者は委託者にはなれても受益者ではない。また、世界の翻訳需要でいうと、裏付けは取っていないが、EUを運営する欧州は翻訳需要がやはり大きいだろうし、また公的機関として主導しているため発言権も大きいだろう。本規格も、そのような文脈で冷静かつ客観的に眺める必要があるのではないだろうか。本規格のようなものは日本で翻訳・言語・規格基準化等の知識や知見を有している者が客観的に紹介すべきところ、そうでない者の海外研修よろしく情報の垂れ流しとなっているのではあるまいか。


 このような状況で不利益をうけるとしたら、それはわたしたち日本人自身である。本規格については、上述のような知見ある者が基準策定に参画し、十分に意見が考慮され、正しく紹介されるようになるのがベストだろうが、そうでない現状で個人的に何かできるとすれば、それは、もし自分がプロジェクト・マネージャーのような役割を担った場合には真にクライアントの利益となるもの、つまり日本語を母語とする者全員にとって真に高品質な翻訳、これを提供するためにはどうすればよいかを自ら考え、クライアントと共に作っていくこと、なのだろう。

===========================================

国際翻訳規格 ISO17100とは
−JTA公認プロジェクト・マネージャー資格試験に寄せて−

●レポーター太田朱美:バベル翻訳大学院、特許・技術・医薬翻訳専攻。在学。
ミシガン在住、フリーランスの医療通訳として勤める傍ら、自動車内装部品会社にて通訳・翻訳として勤務。モットーは、”Don’t sweat the small stuff”。


ISO17100の基であり発端であるのは、2006年に発効されたEN15038、ヨーロッパ翻訳・ローカリゼーション専用に作られた品質規格である。この規格の提案がスタートされたのは1995年、10余年ほどの月日をかけ、欧州標準化委員会により作成された。それが基となり再評価され、国際翻訳規格となった、ISO17100が早ければ本年度に発効される。今回私が聴講させて頂いたセミナーは、その発効に当たり、ISO17100とは何なのかという説明と同時に、日本の翻訳業界のあるべき姿を試行錯誤されている状況を垣間見ることが出来るものであった。セミナーのタイトルは「国際翻訳規格ISO17100とは」とあるが、サブタイトルにも見られるようにJTA公認 翻訳プロジェクト・マネージャー資格試験(以下、翻訳PM資格試験とする)の重要性と、そのISOに対する補足的面を含め、これからの日本においての包括的翻訳業界を想像することを目的としたセミナーだったように思う。

ISO17100では、統一化された関連用語、翻訳品質基準のグローバル化、そして高品質を目的とした業務プロセスの明文化について、定義づけをしている。この規格は1)範囲、2)用語及び定義、3)リソース、4)制作前プロセス、5)制作プロセス、6)フィードバックと終了管理、の6つのセクションからなる。翻訳とは、起点言語を目標言語に変える作業と定義づけされ、翻訳の方向性とは、A言語をC言語に変える、またはB言語からA言語に変えるなどと表現されている。ここで言う、A言語とは「母国語」を、B言語とは「第2言語」、C言語とは「第3言語」を意味する。中でも一番の問題とされるであろう、翻訳者が要求される職業的能力は、6つにわかれて定義づけされている。1)翻訳、2)起点・目標言語についての言語学的能力と文章能力、3)調査、情報収集、情報処理能力、4)文化的能力、5)技術的能力、6)領域の能力である。これからの翻訳者は言語学者と同様に、言語学的知識を必要とし要求される。

さらに、翻訳者をどう社会に認知させるかという視点をベースに出来ているので、翻訳者の適性もしっかりと定義づけされている。1)翻訳学位の保持、2)翻訳以外の学位プラス2年の実務経験、3)5年の実務経験、4)政府認定の資格保持のいずれかの資格が問われる時代である。日本において、いくつかの大学にて翻訳学位を取得できるが、理論的なおさらいのみで終わってしまい、実際翻訳能力を養えているのかに関しては適性が危ういとの事だ。専門性を養う教育機関のおくれがみられ、かつ実務に直結していないと言う。

そして、翻訳の品質を確保する為の業務プロセスとは、何を要求されるのかである。それは、優れた翻訳者、チェッカー、リバイザー、レビュアー、プルーフリーダー、および最終確認者である。チェッカーやリバイザーの資格すら明確にされている。しかし、これらの業務プロセスをフォローしたとしても、何か問題が起きたときはどうしたらよいのかはISOには見られない観点である。例えば、ある翻訳プロジェクトにおいて、予算オーバーが生じた時にどのような対策をとるべきなのか、または、翻訳スケジュール通りに作業が進まず納期が間に合いそうに無いときの対処法等は、その他の方法で補われなくてはならない。

そこで、日本の翻訳業界に特化するべく、JTA公認 翻訳PM資格試験の重要性が問われる。このISO17100に準拠し作成された翻訳PM資格試験は、ISOを越え, 翻訳品質のみならず、ビジネス管理の健全性を含む資格として確立できればという思いで作られたそうだ。ISO17100が品質基準・管理に重点を置く傍ら、翻訳PM資格試験はビジネス管理に重点を置き、日本の翻訳業界を包括的にマネージメントしようという試みなのだろう。

ISOに対する補足的対策のできる人材を作るということを目的で、この翻訳PM資格試験は、6つの視点で開発されている:1)時間管理、2)人材管理、3)資源管理、4)コスト管理、5)顧客管理、6)コンプライアンス管理。人材管理などはとてもユニークなもので、ISOの範疇ではない「どのように翻訳するのか」という翻訳者内部での問題等をも管理できるのである。とても興味深いものだと、私個人的には思う。

全般的に、品質基準重視であるISOと、ビジネス管理重視の翻訳PM資格試験とのオーケストラが、将来の日本での翻訳業界にてどう奏でるのかがキーなのではないかと思った。翻訳は、常にプロジェクトベースに進む。そのプロジェクトの過程において、多種多様な人材が動いていることは、今回のセミナーでよく理解できた。自分自身にどのように影響が及ぶのかを知る良い機会であったと思うし、翻訳者として、契約書にサインする際に何を基準に判断すべきなのかも、まだ表面的ではあるが少し見えてきたようにも思う。それぞれの人材を査定するのは、とても容易なことではないかも知れないが、翻訳作品に携わる一人一人がここで述べられたISO17100と翻訳PM資格試験の概要を理解し、それを足がかりとして将来日本の翻訳業界を担うべきなのではないかと思う。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



バナースペース