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一般社団法人 日本翻訳協会は翻訳の世界標準を目指します。

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昨今の日本の翻訳業界がにわかにオリンピックづいている
Una Softic著

2013年9月、東京がオリンピック開催都市に選ばれてからというもの、世界最大のスポーツイベントの主導的役割を担う準備に向け、変貌し始めている。1964年のオリンピック大会が、東京にとってのインフラ再整備と丹下健三による夢物語のようなメトロポリス実現の好機だったと捉えるのなら、この直近12年間はグローバルな拠点、国際的なコミュニケーションと多国語対応の意見交換の主軸としての変貌を示している。

日本はしばしば『島国特有の文化と気質』を持つとされ、日本人の多くは国外の文化や言語に興味を示さないとされている。そういった理由で、東京は今なお、『ロスト・イン・トランスレーション』という言葉が、単なることばの綾や映画のタイトル、そして可笑しな隠喩で片付けられないような、世界でも稀有な大都市のひとつであり続けている。東京を訪れた人々にとっては、このむき出しのサバイバル・ゲームに対峙する喜びと苦しみこそが、ここでの生き方であると実感するのである。

日本の人口のおおよそ2%は外国人(そしてこの数字は、すでに何代にも渡って日本に在住し続ける大多数の永住者をも
含んでいる)が占めている。それ故、都市部であっても日本人は、異文化や他言語にほとんど触れることがない。訪日外国人はよく、自国語表示の情報の少なさや内容の薄さのせいで、この日出ずる国での滞在が思うように行かないことに驚愕する。

オリンピック開催国に選ばれたという知らせは、今こそが、そんなイメージを覆す時であるという意識に新たな風を吹き込んだ。三田地区で新「オリンピック」高速道路建設のために、電動ドリルが建造物をつんざくその傍らで、政府、電話会社、技術会社、翻訳者、そしてお弁当売りの女性たち(これについては後ほど触れる)がしのぎを削って自らの腕を磨き、一言も日本語を解さない外国人滞在者と接するチャンスを探している。

革新は突飛な状況から生まれる
最近、翻訳センター株式会社の河野弘毅氏と、彼が率いるチームとの会話の中で、日本の翻訳環境の成り立ちについての
興味深い考察がなされていた。翻訳センター部長代理兼日本翻訳連盟日本翻訳ジャーナル編集長の河野氏は、日本人が翻訳
ビジネスに従事する際の、ある種の突飛さについて説明していた。

日本人の質への追求精神と、型にはまらない異文化・海外組織の仕事への取り組み方を組み合わせれば、地域の翻訳業界に風穴を開けられ、個性を持ち、昨今のグローバルトレンドにも対応できるようになるというのだ。河野氏は、日本の翻訳
会社の成長のカギは機械翻訳と、テクノロジーを用いたソリューションを活用することだと指摘する。これまでもそれで上手くやってきたからと、保守的な方法に疑問の余地を与えなかったことで、日本の翻訳業界には風変わりな人間たちが集まり、結果、厳格で売上ばかり注視するような翻訳サービスプロバイダは淘汰されることになるだろう。エンジニアや技術系に焦点を移し、質の高い翻訳を即時提供できる体制をオリンピックの直前までに増大する一方で、機械翻訳を導入することが、河野氏が重視することだという。

翻訳技術の裏付け
日本政府は2020年オリンピックに向け、多言語対応型翻訳システム開発に投資することで、これらの取り組みを裏付けようとしている。独立行政法人情報通信研究機構(NICT)を支援し、来る大スポーツイベントに備えて、完璧な多言語対応型コミュニケーションインフラ/システムの発表に期待を寄せている。

NICTは2010年にはすでに、ネットワーク上でスマートフォン専用翻訳アプリ「VoiceTra」を無料で発表している。このアプリには、NICTの研究成果である自動多言語対応音声翻訳テクノロジーが搭載されている。インプットされた会話は、統計に基づいたモデル音声認識システムによって処理され、多言語音声翻訳サーバに送られた後、言語翻訳を施され、人工音声により出力される仕組みとなっている。

このアプリの更なる開発と、ユニバーサル音声翻訳先端研究コンソーシアム(U-STAR、アジア音声翻訳先端研究の一部)の設立のきっかけとなったこのプロジェクトは、現在世界25の国と地域にある30の研究機関で研究が進められている。
一般公開されたアプリ「VoiceTra4U」は、(京都大学を主導学会とする)学術研究機関と民間企業、更には総務省管轄の
独立行政法人が一体となって作り上げられたものである。

VoiceTra4Uは旅行者の会話の補助といった従来の技術から、外国人滞在者や国内の医療機関、鉄道職員、小売業者など、東京をオリンピック開催中、最も淀みないコミュニケーションを必要とする人々を中心に、更なる開発を推し進めている。

NICTは、日本の言語情報処理における主導的なリソースセンターとして、日本語のコミュニケーションギャップを埋めるための顧客重視型商品開発を続ける企業を推進する上で、重要な役割を担っている。

ヤフー・ジャパン機械翻訳研究プロジェクト長である北岸郁雄博士によると、NICTの集成資料やツールは、あらゆる関連プロセス、特に膨大な相似翻訳集成資料が必要とされる、統計に基づいた機械翻訳にとって、最も重要な基礎段階を示してくれるものだという。かつて抽出装置・構文解析器として実在したトーカナイザー等といった自然言語処理は、人材・資金不足に伴うデータ不足や技術的な問題が増大し、結果的にプロジェクト自体が立ち行かなくなったり、再戦略化を余儀なくされたことから、日本語の機械翻訳開発は難儀であると博士は語っている。また、日本語機械翻訳の研究開発が一体どれほどの投資収益率となるのか、企業にとっても試算が難しいことも、障壁の一つに挙げている。しかし同時に、今では政府の援助や、井佐原博士(豊橋技術科学大学)、黒橋博士(京都大学)、辻井博士(東京大学)の活発な主導によって、日本語機械翻訳開発はようやく軌道に乗り始めていると、北岸博士は確言している。

高性能な音声・タスク認識機能を持つ最新の取り組みとして、2014年10月に作られたのが、みらい翻訳である。これはNTTドコモ、Systran、FueTrekの合弁事業として、NICTとこれらの企業の技術をNTT研究所で連結させたものが活用されている。この高性能エンジニアリング会社の代表取締役兼社長である栄藤稔博士に、12年前の機械翻訳について問いたとすれば、おそらく懐疑的な見解を示しただろう。しかし、クラウドソーシングを用いた人力翻訳と、機械翻訳の優秀な

ハイブリッド体制が整備された現在であれば、完璧なコミュニケーションのオートメーション化が実現できる起点に立っていると言える。

みらい翻訳の優秀なエンジニアチームによって開発されたB2B(企業間)エンジンを用い、企業はB2C(企業対消費者)
顧客に向けて、みらい翻訳の技術を活用することが可能となる。博士は、日々進化し続け、業界の基準の再設定を促す機械
翻訳の質とスピードのバランスは、避けては通れないものだと説いている。即時機械翻訳は、みらい翻訳のロードマップに描かれており、2020年のオリンピック前までに確実な成果を出そうとしている。彼らのオリンピックインセンティブについて、栄藤博士は次のように詳細を語ってくれた。「誰もがオリンピックについて語っていますが、わたしはこの『オリンピック効果』には疑いの念を抱いています。最高の仕事をしようと意気込む人間誰しもが、オリンピックを良い動機付けだと考えていますが、ほんとうの意味でこの効果を活用しなければなりません。この催事を前向きに捉えることでモチベーションは増すでしょうが、このような誇大広告の有無に関わらず、我々は優れた言語ソリューションの提供に向けてベストを尽くすのみです。」栄藤博士はまた、日本の翻訳市場は、機械翻訳の精密性を世界最高レベルにまで引き上げることを目指す一方で、確実に良質な資料の集成を推し進めるべきだとも説いている。

NTTドコモは、現在iOS・アンドロイド対応の日本語翻訳アプリ「Jspeak」を提供している。これは本来、日本語を話す人向けの海外コミュニケーションツールとして開発されたものだが、市場傾向に準じ、海外からの日本滞在者と、現地在住日本人のコミュニケーションを容易にするアプリとして、2020年のオリンピックでのニーズに応えるものとなった。

スタートアップ・再スタートアップ
日本のクラウドソーシング及び/又は機械翻訳スタートアップは、多様翻訳の需要増大に敏感である。エニドアのコニャック、八楽のワールドジャンパー、Gengo、Wovnは迅速かつ安価な翻訳ソリューション・プロバイダとして設立され、他社にはない、顧客のニーズに合わせた多様なサービスを提供しようと意気込んでいる。

言語関連サービス需要の増大により、コニャックは先頃「コニャック・マーケット」を立ち上げた。これは、コニャックが保有する45,000人を超える多言語対応人材データベースを用い、様々なプロジェクトを行う上で必要となる言語的補助を、ユーザーに手軽に提供出来るプラットフォームとなっている。「コニャック・マーケット」は先月の設立から、すでにマーケットリサーチ、字幕スーパー、文案作成、後編集、その他多様なサービスを提供している。増大する市場やオリンピック「効果」に伴い、コニャックチームはこれまでになかった注文や、あらゆる言語・文化の要望にも対応出来る体制を整えている。

一方、学生ベンチャーを出発点とし、数多くの企業が集まって運営されているPijin社は、QR Translatorを開発、看板や印刷物を多言語化できる、シンプルで優れたソリューションを外国人滞在者に提供している。日本語の文章の隣に印刷されたQRコードをスキャニングするだけで、滞在者は各地の空港、百貨店、コンビニ、美術館、博覧会、その他多くの観光地に設置された文章の内容の翻訳を入手できるようになる。Pijin社代表取締役の高岡謙二氏は、この有益なソリューションにより、より多くの地域や催事場が活性化するだろうと確信している。

ところで、記事冒頭部で出てきたお弁当売りの女性たちはというと・・・
ここで、ようやく話をこの場面に戻そうと思う。これまで様々な企業を解説してきたが、ここでは、個人レベルで取り組みを起こそうとしている人々の話をしよう。ここ数年で、数多くの新興中小翻訳会社が、海外に向けて大きな野望を持つ中小企業のために門戸を開き、特殊化されたサービスを提供するようになってきている。興味深い例として、長年に渡る教育・言語・文化学・学生との交流など、国際的な経験が豊富な、東京っ子のSabrina Olivieri-Tozawa氏とMiki Sakae氏が立ち上げたコスモポリットがある。彼女たちは外国人留学生を受け入れ、パーティー・文化交流会を催し、ホストチルドレンたちにお弁当まで作ってあげているのである。

文化的・言語上の障壁の存在をよく知る彼女たちは、自分たちのノウハウを、日本での食体験という、最も重要な文化的側面を通して伝えることにした。料理教室、観光ツアー、会合に加え、レストランのメニュー翻訳などをパッケージ価格で
提供し、レストランのウェブサイトや検索エンジン最適化、グーグルマップの位置検索からソーシャルメディア露出まで、
手広く活動している。もちろん、オリンピック用フルパッケージプランも受付中である。

「ハロー、ジャパン。コミュニケーションの状況は現在どのような状況ですか?」
計画や将来予測よりも重要なのは、実情・現状把握である。現在の日本の翻訳業界を知る上で、4月9日から10日に渡って日本オラクルで開催される、第5回TAUSエグゼクティブ東京フォーラム以上に最適な場所はないだろう。テクノロジー、クラウドソーシング翻訳モデル、ソーシャルプラットフォーム、アドバンスドワークフローシステム、データシェアリング、評価指針、クラウドベース翻訳メモリシステム、機械翻訳の役割などが議題とされ、Lionbridge、八楽、Microsoft、Nicon Precision、Noravia、みらい翻訳、翻訳センター、Spoken Translation、ATR-TREK、NICT、Human Science、Crestec、十印、Microsoft、ISE、Gengo、コニャックが参加する。今すぐ「Discover Tomorrow」に登録しよう。

Una Softic
Una氏はソーシャル翻訳サービスコニャックを提供する、エニドア社チーフグローバルマネジャーである。スロベニア国リュブリャナ大学にて比較言語学二重文学修士取得。ヨーロッパ、アメリカ、日本でビジネスディベロップメント・マーケティング分野において10年以上のプロフェッショナル経験を持つ。