金融翻訳を目指す人へ

国際ファイナンスの常識

連載第1回 信 達郎

高度に進化した米国流ファイナンス

ファイナンスとは

  日本では、ファイナンスの概念がどうも曖昧で、マクロ的に国や地方政府の財政をさして言う場合もあり、また企業の財務をさしていう場合もあります。アメリカでも、ファイナンスというとマクロ、ミクロの両方を定義しますが、企業がらみのコーポレートファイナンス (Corporate Finance)、ないしはマネジアルファイナンス (Managerial Finance) には根強い需要があり、MBAで知られるビジネススクールのコア (基幹) 科目にも指定されております。
  一概に比較は無理ですが、日本では簿記会計はかなり進んでおり公認会計士の二次試験は科目数、難易度において世界屈指の難関といわれております。むろん、会計とファイナンスには密接な関係 (linkage) がありますが、米系の企業では経理部門の長 (comptroller) と財務部門の長 (treasurer) とは明確な職務の違いがあります。
  しかし、時価でキャッシュフロー (Cash Flow) で意志決定をする米国流のファイナンスは、日本の大学などではあまり科目として認知されていないようです。それとは対照的に、20年まえにすでにファイナンスを学ぶ学生がヒューレットパッカードの高度な金融機能付きの電卓を授業に持ち込む姿は普通でありました。アメリカでは、やはり個人株主が50%を超える社会風土、それに企業はあくまでも株主の所有とする伝統などがファイナンスを高度に進化させた、といってよいでしょう。

直接金融が原則

  加えて、歴史的に見ても、企業が直接社債などを発行し資金を調達する自己責任を原則とする国柄と、戦後政府主導の護送船団と椰楡される銀行経由の間接金融が支配するレギュレートされた日本とでは進化の速度と方向性に違いが見られます。そのため、アメリカでは社債などを格付ける専門機関 (rating agencies) がかなり古くから存在し、現に、大手のムーディーズ (Moody's Investors Service Inc.) が設立したのは1903年 (明治後期) です。
  加えて、ウォール街には英国シティーのマーチャントバンク(Merchant banks) の伝統を継承する投資銀行 (Investment Bank) が高度な金融のノウハウを駆使したサービスを提供しているのも日本にはない特徴です。現に、それまでは専門家の勘にたよったオプション料の算定に統計的な裏付けを与えた、ブラック・ショールズ (Black-Scholes) の公式 (model) を発案したひとり故ブラック氏も著名な投資銀行ゴールドマンサックス社に勤めていたことがあります。投資銀行の持つ証券 (securities) の知識、金融工学の知識は膨大、かつ高度で日本の証券会社とはサービスの質でかなりな違いがあるようです。
  とくにシカゴ地域では、東部に対抗する自由な思想がただよい、奇才天才の類の人材が豊富です。そのため、社会的にはどうみても奇人・変人の類のもつオリジナリティー豊かな知恵をうまく金融ソフトとして使いこなす米国と、秀才偏重主義の日本とでは原点に違いがあるようです。日本にも、シカゴの先物市場の100年前に大阪の堂島ですでに存在し、ブラックショールズ公式の検定の土台となった京大の伊藤清氏の微分方程式がすでに1931年に存在したにも関わらず、金融面で応用されなかったのは残念です。

米国流ファイナンスの原点

  米国流のファイナンスの原点には、得べかれし利益の測定である機会費用 (opportunity) の重視と、徹底した現在価値 (present value) へのこだわりがあります。要は、金や設備を遊ばせることは罪、将来の金より今の金といった鉄則の執着です。もし、遊休の倉庫があれば、その機会費用を金銭で換算しマイナスキャッシュフローとみなすことはファイナンスでは原則で、その分企業としては利益を喪失しているとみなす厳しい考えが定着しています。また、将来期待できるキャッシュフローを特定のパーセントで割り引き現在価値に換算することはファイナンスの鉄則ですが、その場合、割引率を何パーセントにするかも、プロジェクトの危険率との表裏の関係にあるため徹底的な議論がなされます。また、大手企業では、営業、生産部門だけで投資決定を行わず、財源をめぐり財務担当役員と共同することがあたりまえになっています。
  企業ファイナンスは株価や、リース対購入の決定、M&Aとも深く関連し、幅の広いかつ奥行きの深いものですが、アメリカのビジネススクールで非常勤で3年間企業ファイナンスを担当した経験から、カレントな内容に則し数回の連載で解説をはかってみたものです。

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