インターネットを活用した翻訳者の新しい雇用就業形態等に関する調査研究
(1999年3月)


[実施概要とまとめ]
第1章 調査研究の目的
1.1 調査研究の目的

 インターネットによる情報流通形態が定着しだした。も はや、インターネットの利用無くしてビジネスも生活も成り立たなくなりつつある。 翻訳業においてもまさにこの感がある。しかし、インターネットは依然「危うき情報 流通基盤」である。特に、昨今の「病理現象」を見るに、正に「両刃の剣」である。 しかし、利点を生かし、翻訳需要の拡大、翻訳業の円滑化、就業機会の拡大・安定化 を図る必要があろう。そのために、現状の利用状況・問題点、そして有効な利用方式 を調査研究し、広く周知することは意義あることと考える。特に、翻訳対象および翻訳結果の受け渡し、また、受発注が、インターネットを介して行われることが多くな った。このために、翻訳能力・技能に加え、インターネット利用の技能も取得し、駆使する技能が翻訳者に求められる。この点に関しても、先行者の経験を知ることは意 義がある。
 以上の背景を踏まえて、翻訳会社および翻訳者を対象にアンケート調査を行い、当結果の分析を基にヒアリング調査を行い、対処すべき事項の検討を基に提言としてまとめた。

1.2 アンケート調査およびヒアリング調査の実施状況

 (1)アンケート調査

1) 翻訳会社
 翻訳会社240社にアンケート調査票を送付した。この結果、51社からの回答を得た(住所不明による未着社数56社を除く回答率:27.7%)。

2) 翻訳者
 昭和62年から実施されている労働省認定・社団法人日本翻訳協会実施の翻訳技 能審査1・2級合格者の内、前年度調査において住所不明による未着者を除く367人に アンケート調査票を送付した。この結果、169人からの回答を得た(住所不明による 未着者数17人を除く回答率:48.3%)。

 (2)ヒアリング調査

 上記アンケートを基に翻訳会社および翻訳者とも、インターネット利用に関し回答を積極的に寄せてくださった翻訳会社6社および翻訳者3人に対し、調査研究委員会委員によるヒアリングを実施した。

1.3 調査結果の分析と報告

  アンケート調査結果について、主に調査項目別に単純集計を行い、その結果の分析を行い、ヒアリング調査を加味し、本調査研究の目的に対する提言を検討した。

 


第2章 翻訳会社における活用事例
調査結果のまとめ

 (1)インターネットの利用状況と利用目的

(1-1)インターネットがもたらす変化

(a)インターネットは92.0%の会社が活用している。イン ターネットは翻訳事業に不可欠なものであり、インターネットの有効性が浸透するに つれ、限り無く100%に近付くことが予測される。

(b)インターネットを活用していない理由は(イ)現状で 十分である、(ロ)設備費などの投資が大きく、費用対効果の面で問題がある、の 2点である。しかし、(イ)については、利用して売上/利益を向上している会社の 例を知れば考えが変わるであろうし、(イ)との関係で(ロ)も改善されよう。

(c)翻訳会社の利用目的は「翻訳内容に関する情報入手」 「翻訳者やクライアントとの情報交換」が最も多く、いずれも「品質向上」が目的である。一方、翻訳者のインターネット活用率が74.4%という値を示しているものの、「翻訳者やクライアントとの間の原文や訳文の交換」の活用が意外に少ない。推測で あるが、例えば電子メール送受信でのデータの欠落、文字化けなどのトラブルが意外 に多く、高品質を売物にしている会社や翻訳者にとっては致命的なトラブルとなるため、ハードコピーまたはフロッピー納品に依存する率が大きいのではと考える。特に、特殊記号、合成記号、特殊言語、表などの送信技術上の問題の解決が望まれる。

(d)前年度調査では、50%の会社が原稿のデリバリーにメ ールを使用し、僅かな会社が翻訳者との情報交換、受注のためのPRに活用している 状況であったが、今年度の調査では、

 ・原稿のデリバリー(30%)
 ・翻訳内容の調べもの(23%)
 ・翻訳者やクライアントとの情報交換(21%)

の活用目的に変化している。また、多くはないが「翻訳者募 集」に12%の値を示していることにも注目すべきである。この1年間で、メールからホームページへの活用へと、利用形態が変化していることをこの数字は示している。

 (1-2)インターネット活用と受注量、売上/利益、受注 地域の変化

(a)いずれも「変化なし」が「増加または拡大した」の 2〜3倍の値を示している。しかし、「増加または拡大した」も前年度と比較して急激 に増加(19%)しており、売上/利益の増加も18%というデータを示している。「イン ターネットを活用していなかったら確実に低下していた」という意見が物語るように、昨今の経済情勢を考えても、大きく貢献しているといえる。

(b)ヒアリング調査によれば、インターネット納品が必須条件となりつつある。

(c)インターネット活用以前と比較して、

(d)受注地域についていえば、ヒアリング調査でも述べて いるように、地域は爆発的に拡大しているし、国際的競争の対象となることも夢ではない。

 (1-3)生産性、品質向上の変化

(a)「生産性が向上した」については、前年度と比較して10ポイント強増加し、一方、「変化なし」も10ポイント強低下している。具体的にはファイル転送、検索機能、データの送受信、ペーパレスによるコスト低減、短納期、 受発注業務の簡素化などであり、利用方法の習熟と利便性の周知などが、「〜向上」 のパーセントが更に大きな値となって現れるであろう。

(b)「品質が向上した」については、前年度と比較して 5ポイント程度しか増加していない。一方、「変化なし」についても同じく5ポイント 程度の低下である。このことは、品質向上のための効果的な機能、利用可能な辞書類 などに大きな変化がなかったか、周知度が向上しなかったことを意味していると思われる。

(c)一部の会社ではインターネット活用の頻度や利用技術も高い。しかし、圧倒的多数の会社はその逆で、利用効果が大きく現れていないのが 実態と考えられる。然るべき機関が指導性を発揮すべきである。

 (1-4)インターネット活用に対するクライアントの変化

(a)納期の短縮は当然の要求であり、翻訳会社の積極的PRであろう。

(b)
 イ 「低単価の仕事の増加」
 ロ 「電子出版などの知識の要求」
 ハ 「品質向上の厳しい要求」

が大きい。ロ、ハはインターネット活用とはほとんど無関係と思われる。イは昨今の経済状況を反映していると考えられるが、他の多くの要求に対 して「低単価」とは、翻訳業種に限らず他の業種にもみられる減少である。

(1-5)翻訳従事者および翻訳者に求められているもの

(a)翻訳の知識だけではなく、新たにパソコンやインターネットなどに関する知識を求められている。

(b)インターネットについていけない従事者は「解雇」と いうデータ(6%)がある。同時に、インターネットに詳しい人を新規採用するという データ(8%)もある。

(c)勤務形態の変化も、会社勤務が減少(9%)し、在宅化 (9%)が一層進んでいる。翻訳業界でもSOHOがより一層進んでいることが分かる。

(d)翻訳者に対する要求として、翻訳能力は当然のことと して、インターネット活用能力がますます大きく求められている。ここ数年のうちで インターネット活用は最低限の要求能力となり、最終的には「翻訳能力」という時代 のサイクル化が訪れるであろう。

 (2)ホームページの開設状況と利用目的

(2-1)ホームページ開設がもたらす変化

(a)ホームページ開設はインターネット活用開始時期と符合し、「既に開設している」と「近々開設する」を合わせると約70%を占めている。 前年度の調査と比較して25ポイント強の増加となっている。翻訳業界のこの1年間の 変化は、インターネットはメールだけの単純な利用から、ホームページを活用した情報の戦略的活用の時代に突入していることを物語っている。

(b)ホームページを開設していない理由は「費用対効果」 「取引先の非開設」である。

(c)ホームページは開設社が発信する情報手段であり、受けた側がどのように反応し、それが原因となってどのような情報を開設社に返信した かを知ることは困難である。その意味では、ホームページ開設の効果を統計値として取得することも困難である。

(d)しかし、インターネットが活用されていない時代以前 での「受注拡大」「地域拡大」「翻訳者募集」など、すべての情報発信は印刷物が主 流であったものの、多くの経費と時間をかけて行っていたことであり、それらに対してホームページというツールが加わったにすぎない。伝えるメディアが増加し、印刷 物での情報伝達範囲をはるかに越えるものであるならば効果は大きくなるのが当然で ある。調査では「翻訳者募集が容易」「受注拡大に有効」「優秀な翻訳者の獲得」などの効果を挙げているが、開設効果を広報する必要がある。

 

(2-2)掲載内容と効果

(a)「会社紹介」「営業品目・サービス内容」「翻訳者募 集」「得意分野」「E-mailアドレス」などが主なものであり、売上/利益の上昇や翻訳者募集の効果がホームページによるものか、それ以外の情報発信によるものかの区 別は困難である。しかし、「インターネット手段がなければ利益は望めなかった」と いう声は、ホームページによる効果も含まれていると考えられる。

(b)ホームページの維持に対する問題(維持・更新に時間を要する、最新情報の掲載に苦労するなど)も報告されている。自社内作成の結果で あろうが、低価格での外注化が必要であり、助成の意味で公的機関での実行委託を考慮する必要がある。

 


第3章 翻訳者における活用事例
3.3 調査結果のまとめ

 (1)インターネットの利用状況

●普及状況
 翻訳者の74%がインターネットを利用している。会員制ネットワーク(パソコ ン通信)経由での利用者は、昨年同様約50%強であるが、プロバイダ経由の利用は 42%となっており、昨年よりも10ポイント以上増加している。1人1週間当たりの平 均利用時間は、昨年の2時間13分から倍増しており、4時間45分となっている。利用目 的としては、メッセージや電子文書の送受信が翻訳業務に必須のものとして定着している。利用時間の増大に主に貢献しているのは、情報検索である。新聞・雑誌、各種 企業や公的機関などのホームページから翻訳に必要な情報を入手したり、ネーティブ ・スピーカーのホームページを利用して語学的な疑問を解決するなど、検索機能が翻 訳に活用されるようになっている。

●ホームページの開設状況
 インターネット利用者であっても、個人でホームページを開設している者は3名 (3%強)のみと非常に少ない。勤務翻訳者の場合、会社がホームページを開設している者が10%であり、ホームページを持つ企業が急速に増えていることがうかがわれ る。個人ホームページを持つ場合、常に最新情報を掲載するのが困難なこと、およびアクセスがあった場合の対応が個人では必ずしも可能とはいえないことなどが隘路と なっている。

●受注活動/品質改善/生産性向上のための利用
 受注活動への利用者は、インターネット利用者の17%、翻訳品質の改善に利用 している者は43%、生産性向上に利用している者は54%である。受注活動にはあまり積極的には利用されていない。翻訳品質の改善と生産性の向上にはかなりの効果が期待できるため、利用している者が多い。

●利用機能と利用目的
 最も利用頻度の高いインターネット機能は、電子メールである(回答数127)。 第2位は情報検索である(回答数120)。以下ファイル転送(回答数29)、リアルタイ ム交信(回答数16)、ネットニュース(回答数5)の順であり、他の機能はほとんど利用されていない。

 営業活動では、メールによる受注交渉と、検索機能による 業界情報収集が主な利用法である。翻訳品質の改善では、検索機能による一般技術情 報および企業・製品情報の収集と、メールによるクライアントとの質疑応答、同業者との情報・意見の交換、一般技術情報の入手、および企業・製品情報の入手が主な利 用法である。生産性向上のための利用では、検索機能による調査・情報収集、および 学習と、電子メールによる納品・検収・代金回収、原文・参考資料などの受け取り、および電子メールによる受注活動・手続きが主な利用法である。

●利用上の一般的問題点
 利用法がよくわからないことが、利用者および未利用者を問わず最大の問題点 となっている。正しい情報が得られるとは限らないというインターネットの宿命的な 問題点、の私的も多かった。昨年とは異なり、悪用や事故への懸念が大幅に増大している。また、ハード、ソフトの機能・性能の不十分さと対費用効果の悪さも問題とされている。操作に習熟していないため、必要な情報が得られないことも問題となって いる。

 (2)インターネットがもたらす変化

●就業形態の変化
 インターネットの利用による翻訳者の業務形態・環境の変化の最大のものは 在宅化の促進である。勤務翻訳者の30%近くが在宅勤務に変わっているほか、会社を 退職してフリーランスの翻訳者になった者が、インターネットを利用している翻訳者 の20%を占めている。勤務翻訳者の31%が、在宅勤務であるか、または他の就業形態 と在宅勤務を兼ねている。自営業の翻訳者の場合は95%、その他の翻訳者の場合は 85%が、在宅勤務であるか、または他の就業形態と在宅勤務を兼ねている。インターネットの利用により、今後とも在宅化またはホーム・オフィス化が進むものと予想さ れる。

●翻訳対象の変化
 インターネット利用者の31%が翻訳対象の変化を意識している。「コンピュー ターの知識を必要とする仕事が増えた」とする者が最も多く、その内の63%を占めて いる。これには、翻訳の仕事にネットワーキングも含むコンピューター援用知識が必 要であるとの意味合いも含まれている。一方、「ホームページの作成・翻訳などの仕 事が増えた」が25%、「機械翻訳の出力文の後編集・リライトの仕事が増えた」が 19%と、コンピューターの知識の必要性を裏付ける回答も多かった。その他に、「翻訳後のリライトを含む仕事が増えた」とする者が19%あった。ソフトウェアのローカ ライズの一部としての翻訳の増加傾向は、インターネット利用との関係では認識されていない。

●就業状況への影響
 全体としては、好ましい影響を認識している者が多い。好影響の主なものは、情報源や人脈の拡大、外出時間の減少による翻訳の仕事時間の増加、および知識・翻 訳能力の向上である。メールの利用で納期が短縮され、荷造りの手間が減り経費も節 減できること、および居住地に関係なく仕事ができるなどの利点も挙げられている。 悪影響の主なものは、ネットワーキングに必要以上に時間をかけないようにするための自己管理が困難なこと、および、短納期化が促進され手仕事に落ち着いて取り組め なくなくなったことである。また、情報管理や受信メールの整理などに神経や時間を使うことも、悪影響とされている。

 (3)活用事例と問題事例

●活用事例
 今回の調査では、情報検索機能の活用事例の報告が目立つ。企業情報や技術情 報の翻訳では、日本企業や提携関係にある外国企業、日米の特許庁や政府機関、あるいは新聞や専門雑誌などのサイトにアクセスし、必要な情報を入手して役立てている場合が多かった。特に海外情報を迅速かつ容易に入手できることが、インターネットの利点となっている。翻訳者は、必要に応じて情報検索を行うほか、お好みサイトに 継続的にアクセスして関連情報をダウンロードし、必要な情報を抽出・整理・保存して利用している。

 電子メールは、原文や資料の受け取りや翻訳文の納品のほか、協同作業者間での訳語の統一にも利用されている。添付ファイル機能が活用されている。同様に、勤務翻訳者も、所属部門内でメーリングリストを利用して新しい用 語に関する討議や登録を行っている。

 そのほか、インターネットによる情報収集力の強化を背景として、専門分野以外への受注拡大をはかっている場合や、ボランティアの技術翻訳者として、テーマや原論文の探索から訳文の投稿までをすべてインターネットで行っている場合もあった。

 インターネットは、個人的な言語学習にも利用されてい る。在日ネーティブ・スピーカーのホームページにアクセスして電子メールで交信し、各国語の新語やスラングについて教えを受けている翻訳者や、世界中のネーティ ブ・スピーカーをあたかも家庭教師であるかのように利用して言語学習を行っている翻訳者があった。

●問題事例
 ハード、ソフトの互換性の不備や適用の誤りによる文字化け、圧縮/解凍での 事故などや、ネットワークのトラブルへの対処の困難さと同時に、利用するパソコン ・システムの進化への追随が問題になっている。個人ではコンピューターの操作に関する組織的な学習が困難であるため、パソコン・システムの機能を十分に活用できな いという問題がある。また、操作に熟達していないため、インターネットを使用して も必要な情報が得られない場合もある。コンピューターに関する知識・経験が翻訳 者、翻訳会社の担当者、およびクライアントの担当者間でまちまちであるため、仕事 が円滑に進まない場合もある。保守やトラブル・シューティング、バージョンアップ などに多大な時間と労力を必要とすることも問題視されている。パソコンや周辺機器 の性能や操作性と、通信回線のデータ伝送速度が問題になる場合もあった。

 一方、インターネット機能の誤用または不適切使用に類する問題も発生している。緊急度に応じた電子メールと電話やファックスなどの使い分 けを考えない常識的な運用の誤りや、情報検索機能を過度に利用した場合の生産性の低下などが問題となっている。また、クライアントや翻訳会社が未だに紙媒体に依存 しており、電子文書化による翻訳時間の短縮や納品の迅速化の利点が享受できない場合が意外にに多いことがわかった。

 (4)意見と要望

●意見
 肯定的な意見としては、インターネットには驚ろくべき威力があるとするもの や、もはや翻訳の仕事にはインターネットが不可欠であるとするものがあった。一方、通信手段あるいは情報収集手段としての利便性は認めながらも、犯罪の多発を懸 念する意見や、必要な情報のすべてがインターネットで得られるとは限らず、翻訳品質の改善も最終的には翻訳者自身の技量によるとする、部分否定的意見があった。また、インターネットと接続済みであるがまだ活用していない、あるいは会員制ネットワークのみで用が足りているとしながらも、いずれ本格的な利用を考えている翻訳者 がかなりある。否定的な意見としては、コンピューター・リテラシーの必要性は感 じていても行動が起こせないというものや、翻訳者がホームページを開設してもほとんど顧みられず、効果が期待できないとするものがあった。

●要望
 (社)日本翻訳協会のホームページ開設を望む声が、翻訳者からも寄せられて いる。(社)日本翻訳協会のホームページを利用したサービスとしては、会員募集、会員名簿、会員の専門分野と技能水準の公開などの情報サービスのほか、会員間のネ ットワークの構築、Q&Aのための掲示板、フォーラム、チャットの場の設定が求 められている。また、インターネット利用技術の講習会や仕事の紹介についての要望 があるが、これらにも協会のホームページを利用することが考えられる。

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