インターネットの進展に伴う翻訳者の雇用就業形態等の変化に関する調査研究
(1998年3月)


[実施概要とまとめ]
第1章 調査研究の目的
1. 調査研究の目的

 産業翻訳の対象資料(テキスト)は、その用途から、この時代、ほとんどがワ ードプロセッサあるいはデスク・トップ・パブリッシング・システムにて作成されている。そして、インターネットの普及に伴い、そのテキストはインターネットを介し 流通されだしている。さらに、インターネットはテキストの流通に限らず、各種情報 ・データの提供にも使われている。当テキストの流通および情報・データの提供は、 インターネットの特性から世界規模で利用が可能である。当然のこととして、この利便性から産業翻訳業に大きな寄与をもたらし始めている。

 インターネットの利用には、若干のコンピュータ・リテラシ、利用機器設置の投資、通信回線およびプロバイダ利用料の支払い、また利用上の注意が伴い、費用対 効果を配慮しなければならない。しかし、産業翻訳の対象テキストが上記の形態にて流通されるようになってきている以上、翻訳会社および翻訳者においては、インタ-ネットの利用は最早避けられない。

 以上の背景を踏まえて、インターネットの進展に伴う翻訳者の雇用・就業形態等の変化に関する調査を行い、この結果を元に翻訳需要の円滑化と就業機会の増加・安定化課題を検討することを本調査研究の目的としている。具体的には、インターネ ットの利用に伴う変化の様子、メリット、デメリット、対応の状況、活用の状況を調査し検討する。

 そこで、翻訳会社を対象に翻訳業界および翻訳業務の変化・影響、および翻訳者を対象に翻訳需要および就業機会の変化・影響をアンケートおよびヒアリングにて調査した。

2. アンケート調査およびヒアリングの実施状況

(1)アンケート調査

1)翻訳会社
 翻訳会社191社にアンケート調査票を送付した(アンケート調査票:付表に添 付)。この結果、41社からの回答を得た(回収率:21.5%)。内有効回答数39社の結 果(有効回答率:20.4%)を対象に分析した。

2)翻訳者
 昭和62年から実施されている労働省認定・社団法人日本翻訳協会実施の翻訳技 能審査1・2級合格者計486人の内住所判明者413人にアンケート調査票を送付した(アンケート調査票・付表に添付)。この結果、169人からの回答を得た(回収率: 40.9%)。翻訳就業者110人の結果(送付数に対する比率:26.6%)を対象に分析した。

(2)ヒアリング調査

 上記アンケート調査結果を元に翻訳会社および翻訳者と も、インターネット利用の元におおよそ(1) 有効に利用している、(2) 最近利用を開始、(3)利用していないが利用を考えている、のそれぞれ3社および3人に対し、調査研究委員にてヒアリングを実施した。

3. 調査結果の分析と報告

 アンケート調査結果については、主に調査項目別に単純集計を行い、その結果の分析を行い、ヒアリング結果を加味し、本調査研究の目的に対する提言を検討した。

 


第2章 インターネットの普及に伴う翻訳会社における翻訳業務の変化・影響

(1)インターネットの利用状況と利用目的

 現在はインターネットブームといわれているが、翻訳業界 でも例外ではなく、約97%の翻訳会社が利用していることが判った。

 利用していない会社の「利用しない理由」は、(1) 利用しなくても現状で十分である、(2)設備費・運営費が売上額と比較して大きすぎる、(3)接続したい相手の加入率が低いの3点を挙げている。しかし、第一点として翻訳者の加入率は大きいこと、第二点としてインターネットの活用は翻訳発注社と の受注・納品だけではなく、翻訳会社〜翻訳者の間の生産性向上(スピードアップな ど)、翻訳支援システムの翻訳者への提供、優秀な翻訳者募集のためのホームページの開設など、多くの効果が期待される。そこで「利用していない」と回答した会社も 「2年後位先には加入したい」と考えている様子が伺える。

(2)インターネット活用のための投資

 インターネットを活用する場合の設備投資・運営経費は会 社の規模に依存するため、経費の大小が活用を左右する因子ではない。設備投資では 約70%、運営経費では約60%が50万円未満と回答していることからも、翻訳業務が主業務である翻訳会社では50万円未満で活用できることが判った。

(3)ホームページの開設について

ホームページを開設している翻訳会社は約44%であり、イ ンターネット活用開始と同時にホームページを開設している会社は約22%である。一方、インターネットを活用しているものの、開設していない会社は約46%という高い値である。

(4)インターネットの利用形態

 現在の利用形態は、約50%が翻訳原文・翻訳文の送受信で あり、その他、わずかな割合ではあるが、翻訳会社〜翻訳者間の情報交換、翻訳者探し、受注のためのPRとして活用されている。これらの中で、翻訳者〜翻訳会社間での情報交換はインターネットのメール機能を有効に活用している例であり、翻訳文の 品質アップに必要な情報交換、翻訳支援システム(各種辞書などの)の活用、納品のスピードアップなど、生産性向上に大きく貢献していることを示しており、在宅勤 務の引金ともなっいてる。

(5)売上・利益増大

 インターネット活用、ホームページの開設が売上・利益に 大きく貢献しているというデータは得られていない。約97%が活用し、46%がホームページを開設しているものの、1〜2年が約40%を占めている現状から、現状としては無理からぬことである。売上・利益増大については更に2〜3年を要することと思われる。

(6)インターネットの効果的活用事例

 効果的活用事例について多くの意見が述べられているが、 このことはインターネットを活用する前と後との違いともいえる。事例として(1)顧 客情報を面談以前に知ることができる、(2)最新情報の調査、最新技術の収集が可能になった、(3)各種支援システムの活用が可能になった、(4)優秀な翻訳者の確保に有効であった、(5)翻訳者〜翻訳会社〜顧客の情報交換が容易になると同時に、スピ ドアップが可能となった、(6)多数の翻訳者が一つの翻訳作業を行う場合、翻訳者間 での情報交換が容易になり、翻訳精度の向上に大きく貢献したなど多くの効果が述べられている。インターネットを活用した結果、受注量が増加したという事例は、現状 では約13%ではあるが、今後の傾向として、インターネットが活用できるという前提で発注することが十分考えられるため、活用しているか否かによって、翻訳会社間の 受注量の差は大きくなっていくと考えられる。一方、翻訳者からみた場合、インター ネットを活用することにより受注の広域化や翻訳作業の環境や条件において地域差はなくなりつつあり、地方在住者の参加が容易になっている。

(7)翻訳者のメリット・就業形態の変化・専門性の拡大

 売上向上、利益向上の設問で、 (1)「翻訳精度の高い翻訳者が確保できた」、(2)「より多くの翻訳支援ツールが できた」、(3)「翻訳者を増員した」、(4)「翻訳者を出勤形態から在宅作業形態に変えた」、(5)「インターネット利用によって勤務時間が短縮した」をどのように選択したかによって、翻訳者のメリットを知ることができる。しかし、メリット評価である5点 についての顕著な傾向は、今回の調査では残念ながら得られず、在宅勤務化(5.6%)と勤務時間短縮(7.6%)にわずかにプラス指向が認められるに止どまった。しかし、既に 「SOHO」という言葉が周囲で聞かれるように、日本でも米国並みの在宅作業形態 が進みつつあり、ネットワーク化の進展に伴い、翻訳作業という性格から、特に在宅 作業は大きな割合を占めるものと思われる。ホームページの作成と更新、ハイパーテキスト文書を原文とした翻訳作業などが増加傾向にあり、そのためのデザイン感覚やプログラミング的センスが要求され、ソフトウエアツールによるファイル化やデータ 処理などに慣れた翻訳者の就業機会が増加しつつる。また、コンピュータ関連や電 子マニュアルの翻訳需要が増加の傾向にある。或るソフトウエア会社の幹部は「いわ ゆる翻訳者というものは不要である。今までもテクニカルドキュメントのチェックは システムエンジニア(SE)が行ってきたし、その意味で、我が社が欲しいのはエンジニアである」と言っていたが、翻訳者というものはシステム設計や処理工程の分析には 素人であり、内容がイメージできない者、情報が常にアップデートされていない者には精度の高い翻訳は期待できないということでろう。

(8)インターネット活用を阻害するもの

 インターネットを活用していない理由は、(1)利用方法が判らない、(2)費用対効果が疑問であるということに要約される。前者は40歳以上に多く、50歳代では約30%を占めている。一方、30歳代ではゼロである。40歳代以上で は心理的抵抗も含めて、コンピュータやネットワーク操作についての適応性にやや劣るためであろう。後者の場合も40歳代を境界にして若手が積極的推進派の傾向となっている。

(9)インターネット活用の促進のための意見

 技術的トラブルは意外に多い。「文字バケが頻発して使い物にならない」という声も多く聞く。これらトラブルの大部分は、基礎知識さえあれ ば解決する。会社では専門家が配置されたり、相談できる窓口も配置されているため簡単に解決することでも個人の翻訳者にとっては大きなネックとなっている場合が多い。このようなトラブルに対応できる基礎知識理解のための講習会の開催、電話相談窓口の設置などを多くの翻訳会社・翻訳者が望んでいる。

 


第3章 インターネットの普及に伴う翻訳者における翻訳業務の変化・影響
アンケート調査への回答の集計・分析結果、回答者から寄せられた自由意見、およびヒアリング調査の結果は、以下のように要約することができる。

(1)回答者のプロファイル

 アンケートへの回答者は、20〜60歳代の、男性74名と女性 36名から成る。全員が.労働省認定翻訳技能審査1級または2級の資格を取得している。翻訳就業形態は、通勤または在宅が主であり、両者の比率は22:77である。
 回答者110名の平均年収は219万円である。通勤者は平均294万円の年収を得てお り、主に固定給制で報酬の支払いを受けている。在宅者の平均年収は194万円であり、主に出来高制で支払いを受けている。通勤と在宅、または在宅と派遣などの複合就業形態をとる者もあるが、その場合の平均年収は通勤者と在宅者の中間の水準にあ る。
 仕事の大半は英日または日英翻訳であり、他の言語を扱うことは少ない。英日翻訳と日英翻訳の仕事量はほぼ同じであるが、英日翻訳がやや多い。翻訳対象は産業 翻訳における自然科学と社会科学の分野に集中している。
 約30%の回答者は、1週間に10時間未満しか就業していない。全員の平均就業 時間は1週当たり約23時間半であり、1日約5時間である。これらの回答者の90%以上の者が、パソコンを利用している。

(2)インターネットの利用状況

●普及状況

 翻訳就業者の66%が、直接または間接的にインターネット を利用している。会員制ネット(パソコン通信)経由での利用者が50%強を占め、イ ンターネット・プロバイダ経由の利用が約30%、勤務先のネットを通しての利用が20%弱である。利用者の半数は、機器・利用料などを個人負担している。
 個人利用者の平均設備投資額は、455,500円である。電話料金を含むネットワークの月間利用料金は、平均4,300円である。1週間の平均利用時間は、2時間13分である。
 年齢的に見た場合、30代の若年層へのインターネット利用の普及率は100%に近付いているが、50代の高年層への普及率は50%前後に止まっている。
 比較的高収入の翻訳者がインターネットを多く利用しており、年収500万円以上の者は全員(4名)が利用している。高収入を得るには、インターネット利用が不可 欠になりつつある。また、年収130万円以下の翻訳者への普及率は57%であり、130万 円を超える者よりも約20%低い。
 勤務翻訳者の15%の勤務先がホームページを開設しているが、翻訳者個人がホームページを開設している例は、現時点では1%弱と少ない。

●利用目的

 翻訳就業者の利用目的として最も回答頻度が高かったのは、翻訳原文または翻訳文の送受信である。次いで、翻訳内容に関する情報入手、一般情報交換、業務探しの順となっている。圧倒的多数の翻訳者がインターネットのメール機能を利用して翻訳テキスト類を送受信していると言ってよい。メール機能は、翻訳者間の情報交換にも頻繁に利用されている。個人間での情報交換や日常的な音信、フォーラム等を介しての意見交換、助言などに利用されている。
 翻訳内容に関する情報収集手段としては、インターネットは専門用語、固有名詞、参考資料の検索などに利用されている。インターネットは、仕事探しにも利用さ れている。

●利用阻害要因

 インターネットを利用しない理由で最も多いのは、利用法がわからないというものであり、次が対費用効果の悪さである。一方、必要性は認識 しているが、インターネットの社会的定着を待ちたいとする者があった。また、不適 切な利用によって目的を達することができず、感情的な反発から利用をやめた者もあった。
 年齢層別に見た場合、インターネットについて関心の薄い者は40代以上に多く、50代では約3割を占めるが、30代では皆無である。インターネットへの適応性は30台が最も高く、費用が高いとする者も他の世代の約半数である。40代以上では、心理的な抵抗感の克服も含め、利用に比較的長い習熟期間を要する傾向が見える。イン ターネットは必要ないとする者や宅急便で十分とする者は、すべて60代である。60代 には、自ら年令的な限界を認めて利用を断念した者もある。

●将来的な利用条件と利用目的

 回答者は、更にインターネット利用を促進するための必要 条件として、主に機器価格や利用料の低廉化とハード・ソフトが使いやすくなることを望んでいる。講習会などの学習機会や、日本翻訳協会による啓蒙活動も求めている。
 将来の利用目的としては、翻訳内容に関する情報入手が最も期待されている。 原文や翻訳文の送受信も、現在に引き続き主な用途として期待されている。翻訳者間での連絡や意見交換、および仕事の探索にも期待が持たれている。

(3)翻訳業務の変化とその影響

●就業形態の変化
 通勤から在宅社員に、または退職して在宅のフリーランス翻訳者になった者が6名(6%)あり、インターネット利用が在宅勤務化を促進する可能性がある。

●勤務翻訳就業者の勤務状態の変化
 勤務する会社がホームページを開設し、イントラネットを構築したため、パーソナル・コンピューターの利用を強制され、インターネットの利用が不可欠になった者があった。

●翻訳単価の変化
 インターネット利用により、単価は上昇と下落の両方の傾向を示しているが、若干上昇傾向が強い。

●翻訳納期の変化
 インターネットの利用により、短納期化が促進されている。依頼日に納品という、極端な場合さえある。

●年収の変化
 7名(6%)の翻訳者が、インターネット利用による年収の増加を報告している。年収増加の要因は、インターネットの利用効果として、生産性の向上、短納期の仕事への対応、国外も含む取引先の拡大が可能となったこと、および、インターネッ ト自体の拡大に伴うホームページ作成・翻訳等の需要の増加によるものである。

●翻訳経費の変化
 インターネット利用経費は、上昇と下落の両方の傾向を示しているが、若干上昇傾向が強い。個人的には、図書館へ行く必要がなくなって書籍購入費も減少し、時間と経費が格段に節減できるとしている者もあった。

●翻訳品質の変化
 インターネット利用によって品質が向上したとする翻訳者が約20%を占めた。情報検索機能の積極的利用や、人脈の拡大に伴う情報交換の促進により、翻訳品質が 向上する可能性がある。インターネットの利用によって翻訳者同士の横の連絡が活発化し、高品質化に努力する翻訳就業者が増える可能性がある。

●生産性の変化
 生産性の向上を報告した者が約30%あった。向上の主な原因となっているのは、外出時間の減少による正味翻訳時間の増加、情報源・人脈拡大、および知識・翻 訳能力向上である。電子メールで文書のやり取りや納品が非常に容易かつ迅速になり、効率よく作業を行えるようになった。また、翻訳内容に関する情報の広範囲にわたる探索と入手が容易になり、外出して調査収集する時間が減少した結果、翻訳に当てる時間(1-9)が増加した。

(4)翻訳需要の変化とその影響

●海外受注の可能性
 海外から直接受注するようになり、かなりの年収を上げている者があった。個人的には、海外からの受注量が増えた者や、インターネットを利用して新しく海外の会社と仕事を始めた者などがあったが、全体としてみれば、海外からの受注はまださほど多くない。将来的には、世界的な広域受注による翻訳需要の増加が期待できる。

●国内需要の増加
 発注側としては、事実上自社内と同様に外部に発注できるので、翻訳を外注しやすくなっている。一方、翻訳者としては、取引先数の増加による需要の増加が期待できる。

●翻訳対象の変化と作業種類の拡大
 ホームページ関連の作業およびハイパーテキスト文書の翻訳またはローカライズの需要が増加傾向にある。そのため、デザイン感覚やプログラミング的なセンスが要求され、ソフトウェアツールによるファイルやデータの処理などが、翻訳に付帯する作業として必要になる場合がある。

(5)翻訳就業機会の変化とその影響

●国内における地域的格差の解消
 国内では、インターネットや会員制ネットワークの利用によって翻訳料金や仕 事量の地域的格差が縮小しつつあり、大都市(東京など)で発生する翻訳の仕事に地 方在住の翻訳就業者が参加しやすくなった。原文や翻訳原稿を電子メールで簡便かつ 迅速に送受信可能になったことと、翻訳に役立つ情報の検索が容易になったことなどが、受注の広域化と仕事の条件に関する地域格差の縮小と需要の増加に貢献している。

●新規開業の容易化
 インターネットによる仕事の探索・受注や、情報、資料、翻訳文などの送受信を前提として、従来よりも容易に在宅翻訳業を新規開業できる。

●業務の拡大
 ハード、ソフトを拡充して会員制ネットワークからインターネット利用に移行することによって、業務の規模を拡大し、就業機会を増やすことができる。

●総合的な翻訳能力の向上
 インターネットの利用によって、情報収集や納品などのための外出時間が減少し、実質的な翻訳作業に当てる時間が増加している。また、情報源や人脈が拡大し、知識や翻訳能力も向上している。その結果、より大量の仕事の受注や短納期での受注 が可能になり、就業の機会が増えている。

●営業活動の容易化
 電子メールの利用によって対人関係におけるストレスが緩和され、電子ファイルやメッセージの交換による営業活動がある程度可能になっている。

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