技術革新等に対応した効果的な翻訳技能研修のあり方についての調査報告書
調査研究委員会

1.調査研究の目的および実施状況

1.1 調査研究の目的

  バブル経済崩壊に伴う痛手から、我が国の経済状態は未だ回復になく、企業倒産に伴う社員の解雇、企業再編・産業転換に伴うリストラが進み、雇用不安が生じている。この変化の中で、特に中高齢者を対象に職能対応が求められ、人件費と関わり、就業機会の発見に困難を極めるミスマッチ現象が顕著になっている。
 一方、経済活動のグローバル化に伴い翻訳需要が増加する状況にあるが、翻訳対象の専門知識を併せ持つ翻訳技能を有する翻訳技能者の確保は困難になっている。翻訳需要の増加は、翻訳対象の専門知識を有する中高齢者にとって、翻訳就業への一つの機会となる可能性がある。
 こうした現状の中、特に企業において、業務上必要とする対象の読み書きを中心とする社員の翻訳技能の効果的な研修を行うことがいっそう重要になってきている。しかし、企業において、会話技能を中心とする社内語学研修は盛んに行われているものの、翻訳技能の研修を行っている企業は皆無に近い。会話技能と翻訳技能は異なる面をもっており、効果的な翻訳技能の研修を行うことで、業務の効率化の促進、さらには就業機会確保が促進できると考える。
 技術革新の進展に伴い、翻訳就業に求められる技能も複雑化している。翻訳対象に関する専門的知識、翻訳技能と併せ、IT技能が必須となってきている。この変化に対して、翻訳技能研修のカリキュラムおよび実施方法が広く知られていないことから、翻訳技能研修の実施に困難を極めている。そこで、企業における翻訳技能の研修の実態を調査し、翻訳需要の拡大に対応した効果的な技能研修の在り方を検討することを目的に、下記に関して調査研究を行い、読み書きを目的とする翻訳技能研修のためのカリキュラム案を検討した。
 (1)翻訳技能研修の実態および必要性の是非に関する調査
 (2)大学および専門学校等における翻訳技能教育カリキュラムの調査

1.2 アンケート調査の実施状況 

(1)調査対象会社および調査方法
 上記の目的を踏まえ、(1)に関して東証1部上場企業を対象に646社を抽出し、人事管理部門に対しアンケート調査票(巻末に添付)を同封の上送付し、E-メールを介し回答を得た。(2)に関しては、ウェブにて実施機関を調査し、東京地域を中心に学校案内・カリキュラムを収集した。
(2)回答率
 有効回答社数 ―― 86社(回答率=約13.3%)


2.2 調査結果のまとめ


2.2.1. 前提
 今回のアンケート調査は、企業活動のグローバル化に不可欠のインターネットを利用した電子メールによるコミュニケーション及びWeb ページによる情報の発信・収集等に必要な外国語文書の読み書き技能を「翻訳技能」と定義して行ったものである。すなわち、常識的に翻訳と呼ばれているプロフェッショナルな翻訳技能ほど高度ではないが、国際的企業活動を行う際に必要となる、日常的でより対象分野の広い双方向翻訳技能を「外国語読み書き(翻訳)技能」と表現して調査対象としている。アンケートに回答を寄せた企業も、この定義を踏まえて適切に回答している。

2.2.2. 必要とする語学力
 回答を寄せた86社のすべてが、日本語を社内公用語としている。日本語のほかに英語も社内公用語としている企業が3社あった。内2社は、海外にも拠点を持つ製造販売業の国際的な企業である。このような企業は、必然的に外国語(主に英語)による口頭又は文書によるコミュニケーション能力を社員に要求するが、国内のみに拠点を持つ中小の企業においても、自社の英文ホームページをインターネット上に開設して国際的な情報発信を行う必要が生じている。
 採用時、昇進時における社員への語学力の要求度は、会話能力よりも、むしろ読み書き能力において高いことがわかった。然し、現実には、会話研修が主に行われており、外国語の読み書きに関する研修に対する企業の関心はさほど高くない。
 企業が社員の個人的能力の一部として評価する代表的な語学関連資格は、TOEICと英検である。しかし、評価すべき資格を持つ企業と社員の採用・昇進時に語学力を評価する企業の数の相違がかなり大きく、これらの資格の保有は名目的に評価されるのみで、実質的に評価されていない可能性がある。

2.2.3. 外国語の読み書き(翻訳)技能の必要性
 外国語の(翻訳)技能研修について何らかの必要性があるとする企業は、全回答企業86社中64社(74%)を占め、企業活動のグローバル化の進展とともに、この種の研修の必要性が高まりつつあることを示している。この種の技能研修の必要性がほとんどないとする企業は21社(25%)であり、企業活動のグローバル化の必要性を認識していない可能性がある。これらの調査結果は、対象とした企業母集団(東証一部上場企業の内、資本金30億円以上の企業646社)が持つ傾向を反映している。
 外国語の(翻訳)技能研修の必要性が非常に高いか、高いとする19社(22%)の企業には、資本金300億円以上の国際的企業が少なくとも5社含まれている。他に資本金100〜300億円未満の企業が少なくとも2社含まれるが、これらはいずれも特色のある機器の製造企業であり、すでに国際的展開を果たしている。そのほか、資本金30〜100億円未満の企業が少なくとも2社含まれているが、これらも、海外に拠点を持つ食品会社と国際的展開を図る機材の製造会社である。
 これら19社の企業がこの種の研修の必要性が高いとする理由の主なものは、外国語文書によるコミュニケーションの必要性、海外情報収集の必要性、グローバル化促進の必要性、電子メール及びWebページ活用の必要性であり、企業活動のグローバル化の進展による外国語の(翻訳)技能研修の必要性の高まりを示している。又、これら19社のうち14社は研修を実施中であり、3社が研修の実施を検討中である。
 外国語の読み書き(翻訳)技能研修が必要な言語としては、圧倒的多数の企業が英語を挙げており、中国語がこれに次ぐ。前者は、企業活動のグローバル化の進展を直接反映したものであり、後者は、最近における中国の経済的躍進を反映したものである。そのほか、ヨーロッパ系言語ではドイツ語とフランス語のニーズが比較的高く、アジア系言語では、韓国語のニーズが比較的高い。日本語に関するニーズもある。

2.2.4. 外国語の読み書き(翻訳)技能研修の実施状況
 外国語の読み書き(翻訳)技能研修を実施中の企業は、この種の研修について何らかの必要性を認識している64社のうちの26社(41%)である。研修を実施中の企業は、半数以上が研修の必要性が高い企業であるが、必要性の低い企業でも、研修を実施している場合がある。この種の研修を不要と考える企業は21社(33%)と、ほぼ実施中の企業数に匹敵する。これらの企業は、自己研鑽やOJT、海外勤務等で賄えるとしている。
 外国語の(翻訳)技能研修の必要生を認めて実施を検討中の企業は、12社(19%)である。これと実施中の企業を合わせ、59パーセントの企業がこの種の研修実施に肯定的である。実施を検討中の企業には、研修の必要性の低い企業も含まれているが、9割以上が必要性が普通以上の企業である。
 外国語の(翻訳)技能研修の対象となる言語の種類は、研修を実施中の企業でも研修の実施を検討中の企業でも、英語が圧倒的多数を占め、中国語がこれに次ぐ。
 研修の方法は、研修を実施中の企業でも研修の実施を検討中の企業でも、現状では集合研修、郵便による通信教育、及び通学教育などの古典的な方法による企業が比較的多い。インターネットを利用した社外教育機関による通信教育が実施され始めている。実施を検討中の企業では、通学教育に代わってネットワーク通信による研修を計画する場合が増えており、特に、社内ネットワークを利用した研修計画が目新しい。
 外国語の(翻訳)技能研修を実施中の企業では、社内に選任の教育担当者を置く場合は少なく、ほとんどの企業が社外からインストラクタを招聘している。また、社内での研修カリキュラムの開発は行われておらず、大半の企業は社外の既成カリキュラムを利用するか、社外にカリキュラムの開発を依頼している。テキストの制作についても同様である。研修には、自社保有の研修用機器とレンタル機器が使用されている。

2.2.5. 外国語の読み書き(翻訳)技能研修における障害と問題点
 外国語の読み書き(翻訳)技能研修を実施中の企業での主な問題点は、研修の費用と時間に関するものである。すなわち、参加者の業務多忙が原因の障害、費用対効果に関わる問題、及び研修の重要性に関する認識不足が原因の障害が主に取り上げられている。また、参加者の基礎レベルがそれぞれ異なるために研修の効果に疑問が生じることも、技術的にかなり大きな問題である。その他としては、カリキュラム開発の困難さ、業務と直結したカリキュラムの開発の困難さ、及び外部利用講座に適切なカリキュラムのものがないなど、研修カリキュラムの開発又は利用に関する問題がある。
 研修の実施を検討中の企業では、主に費用対効果の評価が困難なこと、及び業務に直結したカリキュラムの開発が困難なことが問題となっている。研修の実施を検討中の場合、その他のカリキュラム問題も含め、11社からカリキュラムに問題ありとする11回答が寄せられているのが特徴である。また、研修の重要性に関する認識不足が原因の予算確保の困難さを半数に近い企業が訴えているのも実施を検討中の場合の特徴である。

2.2.6. 外国の語読み書き(翻訳)技能研修を不要とする理由
外国語の読み書き(翻訳)技能研修を不要と考えている企業21社のうち、6割以上が理由として個人の自発的学習に任せるのがよいとしている。その他主な理由としては、語学力のある人材のみを採用する企業が約4割、海外勤務で自然に語学力が身につくとする企業が3割、OJTで対応できるとする企業が2割である。約4分の1の企業が、費用に対する効果があがらないことを理由としている。

2.2.7. 自由記入事項
 回答企業86社のうち29社から寄せられた自由記入のコメントから、以下のことがわかる。
 外国語研修では、海外への短期留学などにより直接ネイティブと接触するのが有効である。概して読み書きよりも会話が重視されているが、読み書き研修の必要性はある。ただし、読み書き(翻訳)の研修は、従来から業務上英語力を必要としている設計・技術部門などに対してのみ行われる傾向が強い。企業側は、社員が、自己研鑽をベースとして自発的に学習すること、及びOJTによる学習を望んでいる。自己責任での学習から始め、一定水準以上のスキルの獲得については会社が補助するのが現在の語学研修での1つのトレンドである。訓練の手段としては、毎日15〜30分程度のE-ラーニングが提案されている。これは、企業側のニーズと個人側のニーズの両方を妥協させつつ満たす手段として有望である。
 研修の実施方法としては、個人の自発的学習に依存し、基本的には集合研修は行わず、通信教育の受講やTOEIC 受験を奨励・支援(費用の一部負担を含む)する企業が多い。米国への半年程度の留学、有志の語学サークルへの費用補助を実施している企業がある。海外派遣の必要が生じたときに、臨時に語学研修を実施する企業がある。
 企業活動のグローバル化傾向とそれに伴う語学研修の必要性については、一応の認識はあるが、実際には具体的対応策を講じていない企業がかなり多いことが窺われる。
 社員の能力開発の重要性や外国語研修の効果が充分に認識されていないことが窺われる一方で、会社が経済的に支援しても、本人が具体的な必要性を認識して学習意欲を持たない限りよい結果が得られないことを、かなりの企業が認めている。また、費用対効果の評価を問題にする企業が多い。社外から派遣されるインストラクタの資質を問題視する企業もある。

2.3 考察

2.3.1. 前提について
 今回は、プロフェッショナルな翻訳技能ほど高度ではないが、国際的企業活動を行う際に必要となる、日常的でより対象分野の広い双方向翻訳技能を「外国語の読み書き(翻訳)技能」と定義して調査を行ったが、このような翻訳技能は、プロフェッショナルな翻訳が、たとえば英日翻訳や日英翻訳のようにそれぞれ言語種と翻訳方向とを特定して行われるのに対し、英語の読み書き技能と日本語の読み書き技能の両方を同時に必要とする点において、より全人的で汎用性のある技能である。
 したがって、このような外国語読み書き(翻訳)技能をいったん習得すれば、国際的な企業活動における日常的な業務の処理能力が向上するのは勿論、さらに研鑚を重ねることにより、プロフェッショナルな翻訳を行うことも可能となり、延いては、ビジネスマンとして、あるいは翻訳者としての就業機会の増加にもつながるものと期待できる。

2.3.2. 外国語の会話研修と読み書き(翻訳)技能研修
 語学関連資格の保有を社員の外国語能力として評価する企業のほぼすべてが、評価基準としてTOEICを採用していることから、現状では会話的な外国語研修が優先されていることがわかる。また、自由記入欄に寄せられたコメントに会話、及び折衝力をも含めたコミュニケーション能力を優先するとするものがあったことからも、会話研修が優先されていることが推測できる。
 しかし、企業活動のグローバル化の進展に伴うインターネット利用の一環として、たとえば必須のコミュニケーション・ツールとなった電子メールを企業活動に活用するためには、さらに特有のライティング能力が必要であり、会話のほかに、前提事項で定義した外国語読み書き(翻訳)技能が要求されるのは明らかである。今回の調査に対する全回答企業86社については、内64社(74%)が企業活動のグローバル化の進展と共に高まる外国語の読み書き(翻訳)技能研修の必要性を認めているにもかかわらず、この種の研修を実施している企業は25社(39%)にとどまる。この種の研修の実施を促進することが望まれるところである。

2.3.3 外国語の(翻訳)技能研修の必要性と実施状況
 全回答企業86社のうち、64社(74%)が外国語の読み書き(翻訳)技能研修の必要性を認めており、調査対象の企業母集団(東証一部上場企業の内、資本金30億円以上の企業646社)においては、企業活動のグローバル化に伴うこの種の研修の必要性がかなり高まりつつあることがわかる。一方、22社(26%)は、この種の研修の必要性はほとんどないとしており、無関心である。
外国語の読み書き(翻訳)技能研修の必要性を認める企業64社の内、すでに研修を実施中の企業は25社(39%)であり、実施を検討中の企業は12社(19%)である。両者を合わせ、約6割の企業が研修の実施に肯定的である。
同様に、研修の必要性を認める企業64社のうち、21社(33%)が研修の実施については不要と答えている。これらも、必ずしも研修の実施を否定するものではないことは、その主な理由を、社員の自己啓発に任せるのがよい、海外勤務も含むOJTで足りるなどとしていることからわかる。
 実施すべき研修の目的言語としては、英語のニーズが圧倒的に高く、これに次いで、中国語がかなりのニーズを示している。これらは、企業活動のグローバル化の進展と、最近における中国の経済的躍進を反映したものである。特筆すべきは日本語のニーズであり、グローバル化に伴う外国人社員への読み書き研修のニーズと、当今の日本語ブームにも関連して、日本人の社員に対する日本語文書の適切な書き方研修のニーズが表面化したものと考えられる。
 研修の方法は、古典的とも言える集合教育、通学、通信教育などが中心である。インターネットによる通信教育が実施され始めている。特に、研修の実施を検討中の企業では、通学方式に代えてネットワーク通信による通信教育を採用しようとする傾向が見られ、さらに、イントラネット(企業内ネットワーク)を利用した通信教育が計画されている。

2.3.4 外国語の読み書き(翻訳)技能研修の方法と問題点
 外国語の読み書き(翻訳)技能研修の実施又は計画時の主な障害となるのは、参加者が多忙で研修に時間を割くのが困難なこと、費用対効果の評価が困難なこと、研修の重要性に関する企業トップの認識不足により、予算と時間の両方の確保が困難なこと、研修カリキュラムの開発や選定が困難なこと、及び基礎レベルがの不統一なため、研修の効果に疑問があることなどである。研修の実施を検討中の企業の場合は、この内、対費用効果の問題とカリキュラムに関する問題の比重が高くなる。また、トップの認識不足は、予算の確保においてかなりの障害となる。

2.3.5 外国語の読み書き(翻訳)技能研修の障害となる問題点の解決
 外国語の読み書き(翻訳)技能研修の実施又は計画時の主な障害となる問題の多くは、企業経営上の判断に直結する問題であり、この種の研修実施上の障害が克服できるか否かは、企業トップの研修の必要性に対する理解と、企業活動全体とのバランスにおける研修実施に関する当否の判断に大きく依存している。その意味において、障害の克服あるいは問題点の解決には企業として多大の努力が必要である。
 一方、経営的判断とは切り離して技術的に解決可能な問題もある。研修カリキュラムの開発・利用に関する問題や、研修参加者のエントリー・レベルの統一などは、教育・訓練技術上の問題であり、必ずしも経営上の判断を必要とせずに解決可能である。
外国語の読み書き(翻訳)技能研修の実施上の障害として多数の企業が認めている研修対象者の業務の多忙さや費用対効果の問題、必要性は認識するが実施はしないとする企業がその主な理由とする自己研鑽とOJT志向、及び自由コメントに表れた同様な志向性とそれに基づく個人単位での研修又は学習支援の実施状況等を考慮した場合、最も有望と考えられる研修形態は、インターネット又はイントラネットを利用した通信教育(E-ラーニング)である。この実施形態を採用することによって、多くの障害と問題点が一挙に解消する可能性がある。

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